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ヤキソバ王国のお客さま
作:中井たかし
ヤキソバ王国に、お客さまがやってきました。
おもてなし料理は、もちろんヤキソバです。
王国を支配するヤキソバめん王は、キャベツ大臣やブタ肉大臣たちに命令して自慢のヤキソバをつくらせました。
しばらくすると、ジュウジュウとキッチンから野菜や肉をいためる音がしてヤキソバソースの甘からい良いに
おいがしてきました。ヤキソバめん王は、出来上がりを見て、とても満足そうな顔をしました。
「よしよし、上出来だ。さあ、お客さまにお出しするのだ」
給仕係を命じられたのは、日ごろから出番の少ないキクラゲ副大臣でした。
「お客さま。当王国自慢のヤキソバでございます。ごゆっくりおめしあがりください」
キクラゲ副大臣は、うやうやしく、出来たてのヤキソバをお客さまにお出ししました。
「これは、おいしそうなヤキソバだ。いただきます」
お客さまは、にこやかな顔をして、さっそく食べはじめました。ヤキソバめん王は王さま専用の豪華ないすに
ふんぞり返って、自信たっぷりの顔でそのようすを見ていました。
お客さまは完食すると、おはしをおいて笑顔で言いました。
「ごちそうさま。とってもおいしかったです。とくに、キャベツが」
キャベツ担当のキャベツ大臣は、平静をよそおっていますが心の中ではとてもよろこびました。
一方、ヤキソバめん王は、ひどく不機嫌な顔になりました。ヤキソバ王国なのですから、メインのめんが「一番」
でなければカッコがつかないと思っているのです。
ヤキソバめん王は、キッチンに入ると、
「なんたることだ! わしに恥をかかせおって!
もっとおいしい、ヤキソバの中のヤキソバをつくれ!」
と、強い口調で、あらたにヤキソバづくりを命じました。そして今度は、鉄板のそうじ係ばかりをやらされてい
るシイタケ副大臣にヤキソバを運ばせたのです。お客さまは、湯気のたつヤキソバをおいしそうに食べました。
ヤキソバめん王は、王さま専用のいすからお客さまにたずねました。
「いかがです。わたしどものヤキソバは」
「めんが、とてもおいしいです」という返事が返ってくると思っていたら、
お客さまは今度も「とってもおいしいです。とくに、キャベツが」と、キャベツをほめたのです。
ヤキソバめん王の横で、ビシッと立っていたキャベツ大臣の顔が、真っ青になりました。
(まずいぞ、まずいぞ。王さまの機嫌がますます悪くなってきたぞ。これは、なんとかしなければ)
そこでキャベツ大臣は、お客さまのそばにこっそり近寄り、その耳元で「めんが一番」と言ってもらうよう、頼
んだのです。
さあ、三度目のヤキソバです。
今度もいいにおいをただよわせた、見るからにおいしそうなヤキソバです。けれども、お客さまは、とても正
直な方なのでしょう。
今回も「とくに、キャベツがおいしい」との感想を口にしたのです。
ヤキソバめん王は、ブチ切れました。キッチンで大あばれをしたあげ句、キャベツ大臣をクビにしてしまいました。
「キャベツなど必要ない。キャベツぬきでヤキソバをつくるのだ!」
ヤキソバめん王は、ヘラをブンブンと振り回しながら、大臣たちに命じました。そうして、四度目のヤキソバ
が、お客さまの前に出されたのです。
ところが、お客さまは
「キャベツなしのヤキソバとは、めずらしい。ブタ肉のうまさが、きわだちますなあ」と、ブタ肉をほめたのです。
ヤキソバめん王は、怒りくるって、ヘラをへし折り、ブタ肉大臣もクビにしました。
それからも、「イカがおいしい」でイカ大臣がクビになり、モヤシ大臣も、タマネギ大臣も仕事をうしないまし
た。そして、とうとうヤキソバめんだけのヤキソバになってしまったのです。さすがに、これでは「めんが一番」
と言うしかありません。ちなみに、キッチンはもうワヤクチャです。
「いかがでしたか、わが王国のヤキソバは」
ヤキソバめん王は、お客さまにたずねました。その顔は、自信に満ちあふれていました。
「ヤキソバめんだけのヤキソバとは、ざんしんでしたなあ」
「そうでしょう、そうでしょう」
「とくに、ヤキソバがのっていた、このお皿が、じつに見事です。 食べ終えた時、お皿のすばらしさを再確認
しました。じつに見事なできばえです。ほれぼれするお皿です」
お客さまは、めんの「め」の字も言いませんでした。
ヤキソバめん王は、怒るどころか、ひどくがっかりして、王さまとしての自信をなくしてしまいました。元気の
もとだった自信がなくなって、からだはソーメンのように、ヒョロヒョロと細くなってしまいました。
ヤキソバめん王は、フラフラとキッチンへ向かうと、入口の前で「はあ」と深いため息をつきました。そして、
キッチンに入ると、みんなの前で、こう告げたのです。
「わしは、もう王さまをやっていく自信をなくした。今日で、ヤキソバ王国の王さまをやめることにした。では、さらばだ」
みんなは、顔を見合わせましたが、だれ一人、王さまを止めるものはいませんでした。王国に王さまがいなく
ては、カッコがつきません。次の王さまをだれにするか、さっそく会議をひらくことになりました。その中で、
ウズラタマゴ副大臣が、こんな提案をしたのです。
「すべての食材が、平等になるよう、あらたにハッポウサイ共和国をつくってはどうでしょう」
みんなは、顔を見合わせました。そのうちの一人が、
「なるほど。ハッポウサイなら、これがメインというのがありませんからなあ。つまり、王さまは必要なしというわけですな」
と言って賛同しました。
「逆に言えば、だれもが主役ってことですね」
「平等って言葉、とても良いひびきだなあ」
「もう、一人の権力者の顔色を、うかがわなくてもいいのね」
と、いろんな賛成意見が出ました。キクラゲ副大臣もシイタケ副大臣も、これで出番が増えると大よろこびです。
ところが、一人だけ浮かない顔のものがいます。キャベツ大臣です。
「どうしました、キャベツ大臣」
たずねると、キャベツ大臣は弱々しい声で言いました。
「ハッポウサイ共和国では、わたしの出番はなさそうですね。副大臣に降格です」
「なにを言っているんですか。キャベツ入りハッポウサイもおいしいんですよ」
「そうなんですか!」
キャベツ大臣の顔が、パッと明るい色に変わりました。
「ええ。だから、ハッポウサイ共和国の名にかけて、みんなでとびきりのハッポウサイをつくりましょう!」
大臣たちは、さっそくハッポウサイのつくり方を学ぶため、料理学校に行く準備をはじめました。ただ、ウ
ズラタマゴ新大臣だけは、こっそりと抜け出しました。
※
「いやあ、あれほどヤキソバを食べることになるとは思いもしませんでした。ま、ヤキソバは好きですから、苦
にはなりませんでしたが。で、計画はうまくいったのですか」
「はい。予定どおり、お客さまのおかげで、むだな戦いをすることなく、無事に共和国をつくることができまし
た。ありがとうございました」
ウズラタマゴ新大臣は、そう言って、お客さまに深く感謝をしました。
「そりゃあ、良かった」
お客さまは、大きくふくらんだおなかをかかえながら、のそのそと帰っていきました。
帰り着いたのは、料理学校です。
お客さまは、校長室に入ると、
「さて、もうじきあたらしいお客さまがやって来るぞ」
うれしそうな顔をして、校長室の豪華ないすに、ドカッとすわりました。