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ノアの方舟
作:中井たかし
「ねえねえ、聞いた? ノアという人が大きな方舟を作っているらしいよ」
「へえ、そうなんだ。初めて聞いたわ。でも、どうして方舟なんて作るの?」
「なんでも神さまが大雨を降らせて、洪水を起こすからなんだって」
「それで方舟なのね。方舟だったら洪水になっても、ぷかぷかと浮いていられるものね」
「うん。それも、陸地がなくなっちゃうぐらいすごい洪水になるらしいよ。世界中が水浸しになるんだって」
「山も全部、水の中に沈んじゃうの?」
「そうだと思うよ」
「アララト山も?」
「だろうね」
「じゃあ、水の中に沈んだら頂上に行ってみよっと。あたしね、一度高い山に登ってみたかったんだ」
「だったら、ぼくもいっしょに行くよ。山の頂上って行ったことはもちろん、間近で見たこともないからね」
「全部が水につかる前に、てっぺんに腰かけちゃおうよ。座り心地のいい場所があるといいなあ。うふ、楽しみ」
そう言って人魚たちは、うれしそうに笑い合いました
「 天地創造」
作:中井 たかし
神さまは1日目に昼と夜を、2日目に大空を、3日目に地と海と植物を、4日目に太陽と月と星を
そして5日目に魚と鳥を創造しました。
大空では、この世に生まれたことを喜び、多くの鳥たちが元気よく飛び交っています。
海では、多くの魚たちがうれしさ一杯に泳ぎ回っています。
「なんとも空と海は騒がしいなあ」
そうつぶやいたのは、彼らよりも先に生まれた植物たちです。地には植物しかいません。
彼らは動き回ることもせず、ただじっと風に葉をなびかせているだけ。
地はとても静かなのです。
さて、天地創造が始まって6日目。神さまは、いよいよ最後の仕上げに取りかかりました。
地に住む生き物を創造されたのです。
途端、地は喜び合う動物たちで大賑わいです。
「ああ、騒々しい。せっかく静かだったのに……」
やがて、子ネズミたちが鬼ごっこを始めました。
こっちの幹に身を隠し、あっちの枝を走りまわります。
植物たちはうっとうしそうにしていましたが、彼らを見ているうちに
「ダメダメ、そっちに行ったら見つかるよ」なんて
思わず声をかけてしまいそうになるぐらい、なんだか楽しくなってきました。
「植物さん、賑やかなのもいいもんでしょ」
鳥と魚の声に、植物は「そうだね」とうなずき、はしゃぐ子ネズミたちを愉快に見ていました。
「人類誕生」
作:中井 たかし
「世界イケメンコンテストの優勝者は……」
司会者の声の後、ドラムロールが鳴り響きました。
緊張の一瞬です。
司会者が大きく息を吸い込んで、「五番のアダムスくんです!」
次の瞬間、1人の青年にスポットライトが当たりました。
観客席から大きな拍手がわき起こり、青年は両手を高々と突き上げて喜びました。
「なるほど。あれが世界一のイケメンか」
観客席の端っこからそんな声が聞こえたかと思うと、声の主は人知れずスーッと消えてしまいました。
「これこれ、弟子っ子よ。頼んでおいた仕事をほっぽり出して、どこに行っていたんだ?」
「あ、神さま。実は、未来に行って、世界一のイケメンを見てきたのです。
神さまは、われわれに似るようにとおっしゃいましたが、どうせならイケメンに似せるのがいいと思いまして」
「ほほう、それは妙案だな。では、始めてくれ」
弟子っ子は「はい」と元気よく返事をすると、さっそく土のちりをコネコネしながら、アダムスくんの顔を作りました。
「よしよし、われながら上出来だぞ。あとは神さまが、この形のいい鼻に命の息を吹き込むだけだ」
そうして、それは生きものとなり、アダムと名づけられました。
楽園追放
作:中井たかし
善悪の木の実を食べてエデンの園を追放になったアダムとイブは、荒野の一本道をのろのろと歩いていました。
「ねえ、アダム。どこ行くの?」
「さあ、ぼくにもわかんないよ。それよりさっきはごめんよ。キミを悪者にしてしまって」
「ううん、いいの。誘った私が悪いんですもの」
「これからは何でも自分たちでしなくちゃならない。お互いに協力していこう」
「ええ。努力して2人の楽園を築きましょう。ねえ、あっちのほうが何だかよさそうよ」
「よし、あっちに行ってみよう」
2人は枝分かれした道を右に曲がりました。
遠くから彼らの背中を見ていたヘビのもとに、天から神さまが降りてきました。
「ヘビよ、すまんかったなあ。損な役回りをさせて」
「いえいえ、神さまのためならエンヤコリャですよ」
「おまえのお陰で、これからアダムは勤労の喜びを、イブは出産の感動を得ることになり、幾重にも幸せを重ねていくだろう。あのままエデンの園にいても、彼らは楽かもしれんが、人間の未来を考えるといいことではない。まあ善悪を知ったことでいろいろと問題も起こすだろうが、そうして人間は人間として成長していくものだ。そうなってくれることを願っているよ。さあ、これからの2人に期待しようじゃないか」
神さまはそう言って目を細めました。
バベルの塔
作:中井たかし
神さまは下界の様子を見て、ぷんぷんと怒っています。
人間たちが、天まで届く高い高い建物を作ろうとしているからです。
「そこにみんなで住もうというわけか。それでは世界に人が広がらないではないか。
よーし、作業ができないようにし、人を方々に散らしてしまおう」
神さまはそう言って、人間たちの言葉を乱してしまいました。
「ん? んんん? 何を言っているのか、さっぱりわからんぞ。
昨日まで普通に喋っていたというのに」
人間たちは、相手の言葉がまったく理解できなくなってしまいました。現場は大混乱です。
思いが伝わらないことにいらだち、しまいには、ケンカをする者も出てきました。
「こんな状態では、作業なんてできやしない。やめた、やめた。工事は中止だ」
みんなは現場をほっぽり出して、ちりちりばらばらにどこかへ行ってしまいました。
「さて、おれたちも新たな土地を見つけるとするか。
母ちゃん、荷物をまとめてくれ」
「でも、あんた。うちの子たちがお隣さんの子どもと、ほら」
まだうまく言葉が喋れない子どもたちは、身振り手振りをまじえながら
キャハハ、キャハハと楽しそうに仲よく遊んでいました。