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「素粒子」の巻
作:中井たかし
父ちゃん/物理に少し詳しい営業マン。子煩悩。
太郎/好奇心旺盛な小学三年生。野球が大好き。
「父ちゃん、『素粒子』って何?」
「原子というのは知っているだろ」
「うん。ものをつくっている小さな粒でしょ」
「そう。その原子の中心にあるのが原子核で、それは陽子と中性子からできている。
そして、その陽子と中性子をつくっているのが素粒子なんだ。
つまり、物質をつくっている一番小さいもののことなんだ。
大きさは一ミリメートルの一兆分の一の、さらに一万分の一未満ぐらいって言われているんだよ」
「うへー。とんでもなく小さいんだね」
「そうだよ。ん? おいおい、虫めがねを持ち出しても素粒子は見えないぞ。
もちろん、父さんの顔も素粒子でできているんだけど、虫めがねでは見えないぞ」
「見えるよ、見える」
「えっ?」
「父ちゃんの口もとにクリームがついているのがよく見える。食べたね、ケーキ」
「ははは、バレちゃったかあ」
「ニュートリノ」の巻
作:中井たかし
父ちゃん/物理に少し詳しい営業マン。子煩悩。
太郎/好奇心旺盛な小学三年生。野球が大好き。
「父ちゃん、『ニュートリノ』っていうのも素粒子なの?」
「そうだよ。電子と同じレプトンという仲間なんだ。ありふれた素粒子のひとつで
太陽からも1平方センチメートルあたり毎秒約660億個も飛んできているんだ」
「そんなに! ぼくの体にも当たってるの?」
「当たっているというのは、ちょっと違うな。すり抜けているんだ。ニュートリノは
ほとんどの物質に反応しないからな。だから、観測するのがとても難しいんだ。
そうだ、太郎、ちょっとお使いに行ってきてくれないか」
「……」
「太郎? おいおい、反応なしか」
「ぼく、今ニュートリノだから」
「だから、反応しないのか。残念だな、お使いのついでに、好きなお菓子を
買ってきてもいいって言おうとしたのに」
「行く行く! ニュートリノ状態終わり」
「ははは、現金なやつだ」
「4つの力」の巻
作:中井たかし
父ちゃん/物理に少し詳しい営業マン。子煩悩。
太郎/好奇心旺盛な小学三年生。野球が大好き。
「太郎。自然界をつかさどっている基本的な力は、『重力』
『電磁気力』『強い力』『弱い力』の4つだけなんだ」
「たった4つだけなの?」
「そう。重力は物質同士が引き合う力、電磁気力は電気と磁気の力。
で、強い力は原子核の中で働く力、弱い力は粒子を別の粒子に変化させる力。
簡単に言うと、そうなるな。
ボールを投げると地面に落ちるだろ。それは重力が原因で、バットにボールが当たると飛んで行くのは、電磁気力で説明できるんだ。
そして太陽が燃えているのは、弱い力のお陰なんだ」
「へえ。でも、4つしかないなんて不思議だねー。あ、母ちゃんが帰ってきた」
「ちょっと2人とも! 野球道具ほったらかしじゃないの! ちゃんと片付けなさい!」
「父ちゃん、どうする?」
「行かないとこわいぞ」
「だよね。ぼくらの家には、4つの力ともうひとつ力があるね。母ちゃん力」
「ははは、それは相当強い力だな」
「重力」の巻
作:中井たかし
父ちゃん/物理に少し詳しい営業マン。子煩悩。
太郎/好奇心旺盛な小学三年生。野球が大好き。
「だったら、あのおばさんに立ってもらおうよ」
「おいおい、それは違うんだ……おい、待て太郎。あちゃー、行っちゃった」
「ねえねえ、おばさん。ぼくがボールを投げるから、バットを持って構えてくれないかなあ。すごいカーブを見せてあげるから。はい、バット」
「あらあら、おばさんは野球できないのよ」
「大丈夫。立ってるだけでいいから。だって、おばさんかなり重そうだもん」
「あら、カチンとくる発言。どういう意味かな?」
「ええっと、今教えてもらったんだけど……父ちゃん、説明してあげて」
「お、おい、太郎」
「お父さまですか? ご説明、願えますか?」
「あ、いや、実は重力の話をしていましてですね。重力とは空間のゆがみのことで、重たいものだと重力も強く、光さえも曲がってしまうほどだと、こう説明したわけですが、それは星のようなとても重たい場合であって、決してあなたのような太った方では……ああ、すいません」
「ヒッグス粒子」の巻
作:中井たかし
父ちゃん/物理に少し詳しい営業マン。子煩悩。
太郎/好奇心旺盛な小学三年生。野球が大好き。
「素粒子に重さがあるのは、『ヒッグス粒子』のおかげなんだ。
もし素粒子に重さがないと、光子のようにあっちこっちに光速で飛び回ってしまい、原子もできず、人間も存在しなくなる。
だから、ヒッグス粒子は『神の粒子』と呼ばれているんだ」
「すごく大切な存在なんだね」
「そうなんだ。お、バスが来た。よし乗ろう」
「うわー、超満員。身動きが取れないよ」
「動きづらいだろ。つまり、このバスみたいに空間にヒッグス粒子がぎっしり詰まっているから、素粒子は動きづらくなる。
その動きづらさこそが、重さなんだ」
「このバスの乗客が神さまってことだね」
「そういうことだ。よし、バス停に着いた。降りるぞ。ちょっとスイマセーン。降りまーす。
ふう。やっと降りられたな。あれ? カバンがない。
しまった、バスに忘れてきた」
「ちょっと、これ、あなたのカバンでしょ」
「あ、おばさんがバスの窓からカバンを投げてくれたよ。
さすが神さま、やさしいね」