部屋の中をソワソワしている父

   娘が彼氏を紹介するためやってきた。

あ、いらっしゃい。どうぞどうぞ、座って。いや、大丈夫大丈夫。堅苦しい挨拶は、抜きで。

え? そんな気を遣ってもらって、ありがとう。これは何?え? マカロン? ほ〜また洒落たものを。ま、座りなさい。(娘に)お前も、座って。

私はね、お酒がちょっとアレなんで、コーヒーを淹れたんだ。(コーヒーを入れに立つ)あ、このマカロンにも合いそうだね。一緒に食べよう。ちょっと待っててくれよ。(娘に)お前はいいから、座ってなさい。

(コーヒーを入れながら)でも、なんだね、緊張するだろ? こういうシチュエーションっていうのは、ね。私も経験があるんだ。もう、かなり昔のことだけどね。

(コーヒーを持ってくる)キチンとしたアレだったら、余計に緊張するかと思ってね、マグカップで失礼するよ。(娘に)いいじゃないか、どうせほら家族になるんだろ。あ、あ、いや、ごめんごめん。まだ言ってなかったんだよな、それ言うの醍醐味だったよな、今のは聞かなかったことにしてくれ、あ〜、ごめんごめん。やり直しやり直し。

(マグカップを持って、また立つ)あ、え〜っと、緊張するかと思ってね、マグカップで失礼するよ。(娘に)いいじゃないか、改めて仕切り直しだよ。

(座って、コーヒーを一口飲んでから)

で? 君、名前は? 高岡雅史くんか、いつも娘によくしてくれているみたいで、ありがとう。本当に、楽にしてくれていいんだよ、緊張されるとこっちまで緊張してしまうから。

え? その前に? あ、そうかそうか。どうして親に結婚の承諾を貰わなくちゃいけないんだろうとかって、思わなかったかい? 私の妻の父親なんて、それはそれは絵に描いたような頑固オヤジでね〜、1回目なんて、挨拶さえさせてもらえず帰ってきたよ。え? あぁ、10度目だった。3度目の正直って言うじゃないか、でもね、3度目も知らん! 帰れ!!って。もうダメじゃないかって、諦めかけてたんだけどね、まぁ、ここまで来たらね、なんだか負けてたまるもんかって、意地になってきてね。妻と結婚がしたいのか、お父さんを負かしたいのか、途中で訳がわからなくなってきたりしてね。10回だよ10回。いやぁ、我ながらよく戦ったと思うよ。

・・・あぁ、ありがとう。そうだ、そうだな、だからめぐみが生まれたんだよな。そうだ、私は妻を早くに亡くしてね。父ひとり、娘ひとりでここまでやってきた。めぐみはね、よくやってくれたよ。あぁ、そうだ。めぐみはね、私の宝物だ。だからね、大切にしてやって欲しい。(しんみりする)

あ、そうか、そうだったな。まだ聞いてなかった。すまないすまない。

よし、聞こう。(背筋を伸ばして、姿勢を正す)

・・・。

は? なんだそれ? 

・・・ダメだ、それじゃあ、無理だ。

お引き取りください。

・・・。

私はね、言っただろ? 10回もチャレンジしたんだよ、そんな軽い感じで、楽勝!みたいな顔して言われたんじゃ、納得いかない。

帰ってくれ。・・・どうぞ、お帰りください。はい、さようなら。

知らん! だんだん腹が立ってきた、これ以上は何を言っても無理だ。めぐみ、片付けなさい。(彼を追いかけようとする娘に)お前は、晩ご飯の用意をしていればいいんだ。高岡さんでしたっけ? お帰りください。さようなら。(イヤホンをして「何度でも」を歌いだす)

♪1万回ダメで〜ヘトヘトになっても〜♪

〜完〜

※こちらのモノローグは、自由にご利用いただいても構いません。動画アップなどの際には、#森中純子と入れてください。また、ご一報いただければ拝見させていただきますので、よろしくお願いします。