【聞き違い戦国史】 「清洲会議」1582年

作:中井たかし

(信長の後継者と領地分配を決めるため尾張の清洲城で行われた会議で、豊臣秀吉をはじめ重臣4名が参加)

 信長の嫡孫三法師(さんぽうし)か、三男信孝か。織田家の家督はなかなか決まらなかった。
三法師を推す秀吉はすくと立ち上がり、「ここは気分を変えて散歩して決めないか!」と提案した。
頭上から落ちてくるその声には有無を言わせぬ力があった。
丹羽長秀と池田恒興は顔を見合わせ「うむ。羽柴殿がそこまで言うのなら」

 信孝をと考えていた柴田勝家はわなわなと震え出し、「わしは認めんぞ」と呻いている。

「柴田殿は散歩して決めるのが、そんなに嫌なのか。なぜ、それほどまでに嫌悪するのか」

 秀吉がほうれい線を深く刻み、柔らかく言う。その口調には、すでに覇王としての風格が漂っていた。
勝家は自身の敗北を悟った。

「な、な、なにを申す! 嫌悪などとは……。わしも……三法師様で、かまわん」

「え? まことか。三法師様でよいのか。ならば散歩は取りやめじゃ。
丹羽殿、池田殿。柴田殿が三法師様で合意してくださったぞ」

「へ?」

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