【聞き違い戦国史】「中国大返し」1582年

作:中井たかし

(光秀討伐のために敢行した秀吉軍の十日間に亘る大移動。岡山から姫路を経由し、秀吉は富田に着陣)

ううむ、歯が痛い。なんとかならんものか。

羽柴秀吉の顔は激痛にひどく歪んでいた。
信長自刃という衝撃的な報せも、この歯痛の前では霞んでしまう。

一方、黒田孝高はすでに、信長亡き後の次の一手を考えていた。

秀吉ににじり寄り、笑みを浮かべてこう囁いた。

「新たなる覇王、殿ならば夢ではございませぬ」

 新たなる歯を? そんなことができるのか。しかし、有能な孝高のことじゃ。
 歯をそっくり入れ替える高名な医者を知っておっても不思議ではあるまい。

秀吉はそう思った。

「手はずは整えております。一刻も早く富田へ。心配はご無用。名馬奥州驪(おうしゅうぐろ)をお使いくだされ。さ、お急ぎを」

「うむ。毛利との和議は任せたぞ」

 秀吉が手綱を引くと、奥州驪は猛然と駆け出した。
 その速いこと速いこと!

「まさに名馬の走り。が、揺れがたまらん。歯に響く。新しい歯のためじゃが、イテテテ。
富田まではもたんぞ。とりあえず姫路で一休みじゃ」

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